見た目だけで決めていませんか?
私がベースにしているTA(交流分析)の
考え方の一つに
人は誰でもOKである
というものがあります。
これは、誰でもNOの行動をすることは
あるけれど存在自体はみんなOKで、
みんな人間として価値があり重要で尊厳がある、
という考え方です。
私たちはどうしても見える部分で判断してしまうことがあるのではないでしょうか。
怒ってばかりいる人は
怖い、いやな人だ
悲しんだり後悔ばかりしている人は
うざいなあ…
そしてやさしいことばかり言う人は、
いい人だなあ
そこの見える部分だけで人を見てしまう。
でも、
怒ってばかりいる人は
本当は何か不安でいっぱいかも…
悲しんでばかりいる人は
過去の悲しい出来事にさよならできて
いないかも…
そしてやさしいことばかり言ってくる人は
行動はどうしてる?
口だけの人もいるかも…
前回のブログで書いた怒りがおさまらない
といっていた人も、相手が自分に言った
部分だけでなくその奥にあるものに目を
向けた時に相手の想いだけでなく、
自分がどう感じていたかが分かり、
「怒りがなくなった!」
と不思議がってました。
物事や人を見る時に
客観性を持って見ると
見えないものが見えてくるものです。
人がおこなった行動だけみて、
その人の存在まで否定してしまうと
あとで後悔するかもしれませんね
昔は正義感みたいなものをかかげ、
あの人の行いは…と
腹を立てたりしていた時もありました。
そう言ってその人から離れてしまうという行動をとった時、大事な人をなくすかもしれません。
人の行動だけを見て怒り、
その人の存在自体を否定するのではなく
存在自体の価値・重要性
を見出し客観的に見てあげると
人と人のコミュニケーションは
やさしく、うまくいくのではないでしょうか